Zack de la Rochaのソロ・アルバムのレコーディングに、Nine Inch NailsのTrent Reznorが参加しているというビッグニュースは2002年の夏に全世界に流れていたが、実際にZack de la Rochaが公に姿を見せ始めるようになったのは、Rage against the machineの脱退から2年半近く経ってからのことである。2003年1月にNY Knicksの試合観戦にMadison Square Gardenにぶらりと現れ、その時に撮られた彼の写真は、瞬く間にインターネットを通して世界にばら撒かれた。極めて穏やかな顔でオフを楽しんでいる表情が印象的だが、その2ヵ月後には彼を震撼させるイラク戦争が勃発することになる。

2003年3月、アメリカがイラクに対する攻撃を開始するや否や、Zack de la Rochaは対イラク戦を不正義の戦争だとし、遂にインターネットを通じて彼自身の1stソングをリリースした。バンド脱退後、初となるこの曲のタイトルは「March Of Death」で、彼のウェブサイトから無料で配信された。この曲はDJ Shadowとのコラボレーションであり、Zack de la Rochaは声明の中で次のように述べている。 「大義や理由がなく、法的あるいは道義的に正当ではなく、イラクが合衆国の安全を直接脅かすという証拠も全くなく、ブッシュ政権は戦争に突入した。これを書いている間も、バグダッドでは無防備な市民に爆弾の雨が降り注ぎ、政策の続行によって何100万人という罪のない人々の命が奪われている。民主主義を望んでいる俺たちのような人間は、独裁者に悩まされる一方で、むき出しのアメリカの攻撃にも頭を抱えている。その国に石油が埋まっているという理由で、大量虐殺が起こるかのように見える」。「March Of Death」には次のような歌詞が含まれている。 "この大人になりきれない子供は非情で粗野/野獣を鎖に繋ぎ戻すのは誰?/テキサスの狂乱/確実に/無慈悲なペテン師が貧乏人に致命的な針を突き刺す/悪事の矯正には殺人なのか?"
しかし9.11事件以降、ただでさえRage against the machineは全曲が全米で放送自粛曲とされたほどの国賊的な扱いを受けていたこともあり、この「March of Death」配信サイトは強い圧迫を受け、オープンから2ヵ月後にはダウンロードが出来ない状態になっていた。この間にどれだけの人が当曲をダウンロードしたのかは不明だが、各国のメディアで大きな話題を呼んだのは確かであった。なお、この「March of Death」がZack de la Rochaのソロアルバムに収録されるかどうかは不明である。

さて、「March of Death」の騒動も落ち着いた同年の8月だが、Rage against the machine 解散後はZack de la Rochaとは音信不通の状態が続いているという、Tim からの悲しいコメントが世界のファンに衝撃を与えることになる。以下、LAUNCH.comの記事の抜粋である。
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「オーディオスレイヴのティム、元レイジのシンガーとは音信不通」
ベーシストのTim. Cは、Rage Against The Machineからの長年のバンド・メイト2人――ギタリストのTom MorelloとドラマーのBrad Wilk――、そして元SoundgardenのシンガーChris Cornellと結成したバンド、Audioslaveでプレイすることに満足している。
Tim C.は、Rage Against The Machineが2000年に解散して以来、子ども時代からの友人だった元RageのシンガーZack De La Rochaとは連絡を取り合っていないという。実のところ、Tim C.はDe la RochaがAudioslaveの音楽を聴いたことがあるかさえ確信がないとLAUNCHに話している。「わからない。あるかもしれない」と彼は言う。「どうだろうな。今までにないほどラジオでかかるようになってるけど。彼は自分のことやってるんだろ。自分のソロ・アルバムを作ってる。それは出るときがくれば出るだろう。そんなことしか知らないよ」
De La Rochaは、2000年10月に突然、Rage Against The Machineを脱退。当時、彼は自分のソロ・アルバムをリリースするつもりだと話していたが、その計画はまだ実現していない。しかし、彼がイラク戦争への回答として「March Of Death」という曲を作り、自身のサイトzackdelarocha.comに掲載しているのは、彼のこれまでの政治的行動主義を考えれば当然のことだろう。

Audioslaveは現在、ロラパルーザ・ツアーに参加している。ツアーの次の公演は、今夜(7月30日)、NYのロングアイランドにあるジョーンズビーチ・シアターで行なわれる。
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なおこの記事で、TimはZackがAudioslaveの音楽を聴いたことがあるか分からないというコメントを残しているが、Audioslave側が「March Of Death」を聴いたという記事も今まで目にしたことがないのが、また気になるところである。

しばらく沈黙を保っていたZack de la Rochaだが、同年8月になると事態が急に動き出すことになる。Rage against the machine のラストライブを収めたライブCD、そして待望のZack de la Rocha の1stソロアルバムが年内の11月に発売するという、過去にはない確かなニュースが発信された。日本でもタワーレコードには9月にZack de la Rochaのポスターが貼られた程である。(私は確認していないが)
また、8月29日に行われた「Sherman Austin benefit」と題されたアナキストのシンポジウムに、Zack de la Rochaは顔を出しスピーチを行っている。なお、日頃から当サイト掲示板でお世話になっているSitting Bullさんはこのシンポジウムに参加し、何とZack de la Rochaと遭遇したという貴重な体験レポートまで残してくれた。Zack De La Rochaがドレッドヘアを刈ってしまったという情報を最初に日本に伝えてくれたのは、紛れもなくSitting Bullさんである。以下、その体験レポートをお読みいただきたい。
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行ってきましたよ、Sherman Austin benefit シンポジウム。UCSD内にあるChe Cafeなる場所で午後五時からのスタートで、のっけからRage信者っぽいカッコした奴やらヒッピー系やらパンク系やらヒップホップ系がぞろぞろ入場して、地元のアーティストのパフォーマンスを楽しんでいました。しかしですね、自分の仕事の都合上、7時半までしか居れず最後まで残れないということでZackを拝めないけれど、残念だが仕方ないと半分あきらめていました。3番目のアーティストの演奏が終わる頃、会場を出て公衆電話(ケータイ持ってません)を探しに週末で静まり返ったキャンパス内をてくてくと歩くこと10分、寮らしき建物の前で細身を黒い革ジャンに身を包んだ男性がなにやら70年代の渋いタイプライターと歌詞とおぼしき言葉が書かれたノートやら2,3冊の書籍を無造作に備え付けのテーブルの上に置いて、横で背伸びやら屈伸をしているじゃありませんか。まさかとは思いましたが、まさかでした! Zackではありませんかっ!!しかも、ドレッドが無〜〜〜い!! なんかイスラム教徒かSystem of DownのVoみたいになっちゃってました。思わず声をかけてしまいましたよ。以下は一分位喋った内容です。
「あんた、ザックさん?」(心臓はバクバクいってます)
「そうだけど。」
「まだ、スピーチやんないの?みんな集まって、君を待ってるよ」
「スピーチやるのは9時位からなんだ。君も会場にいくんだろ?ブラザーの為に人肌脱いでやろうって思ってんだ。君はどこから来たの?」
「オレンジカウンティーだよ」
「そうかい、じゃ俺と一緒だね。じゃ、後で、中で会おうね」
と、握手して終わりです。はっきりいって内容なしです。すんません。あまりに突然で写真もサインも新譜についての質問攻めもポリティカルな話題も、な〜んもできませんでした。まあ、印象はというと、スッゲーキサクな野郎で、セレブな感じは全然しません。背丈は175cm位で、なんかライト級のボクサーのような感じでした。今日一番の奴のスピーチが見れなかったのが残念でしたが、行った甲斐はありました。次は奴のライブだ!!

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そして、10月23日に行われたMTV Video Music Awards Latin Americaで、Mars Volta出演前の紹介役として、なんとZack de la Rochaが登場した。Rage against the machineの解散後にメディアに彼が登場したのは、おそらくこれが最初のことであろう。ここで、ようやくアフロになった彼の姿が世界中に広まることになった。

しかし、ここまで順調に彼の世間への露出頻度が増えて来ていたのにもかかわらず、結局11月に発売予定であった1stソロアルバムも、保証無しの発売延期(名目上は2004年1月)となってしまい、いつも通りの暗礁に乗り上げてしまうことになる。
一方で、最後までバンドに残り続けたTom Morelloは、Audioslaveとしての活動と並行して「The Nightwatchman」という名義でソロ活動をも開始させ、社会派シンガーソングライターのビリー・ブラッグ、レスター・チェンバースらとともに、『Tell Us The Truth』ツアーと銘打たれたアコースティック・ライヴを披露する全米ツアーを行ない、Audioslaveではできない政治的なメッセージを自身の音楽と共に発信し始める。バンドに残りながらも黙々と自己実現を重ねていく彼の行動的な姿勢全てが、Zack de la Rochaとは非常に対照的に見えた。また、Audioslaveの1stアルバムは発売から1年経ってもまだ売れ続け、12月初頭には全米だけで売上が200万枚を突破することになる。Zack de la RochaとAudioslaveの両者を応援するRage against the machine時代からのファンとしては、非常に複雑な気持ちを迎える時期であった。

さらに、当時いっそうファンにショックを与えたのは、Rage against the machine待望のライブ盤「Live at the Grand Olympic Auditorium」が、US本国セールスで大不振に終わったことである。競争レベルの低い音楽ビデオチャートでは7位にDVDの方がランクインしたものの、CDの方が何とアルバムチャート初登場94位という有様であった。初登場だというのに、もう発売から1年以上になるAudioslaveの1stアルバム(同週に96位)と、ほぼ変わらぬ週間セールスでしかないのである。9.11事件の後、Rage against the machineは全曲が全米で放送自粛曲となった情報は日本にも届いていたが、その全米での影響をこの時に初めてリアルに知ることになった。Rage against the machine時代と異なり、政治的な思想を歌わないAudioslaveは相変わらずの売上を残していることを考えると、Rage against the machineの政治思想の柱であるZack de la Rochaの存在が、「Live at the Grand Olympic Auditorium」の全米の購買意欲を削いでいるのではないかという考えたくない引算に到達する。2004年になり、年始の日本の某音楽雑誌では、Zack de la Rochaのソロデビューが今年の「全世界待望」などと巻頭で書かれていたが、悲しいことにこれは日本人にはそう見えるだけであろう。アルバムチャートで「Live at the Grand Olympic Auditorium」がTOP20以内にランクインしたのは、全世界でも何と日本だけである。かつては「日本では人気のない」Rage against the machineだったが、解散後の今では完全に"BIG IN JAPAN"限定バンドと化しているという、冷たい世界の現実を痛感した。また、メッセージ・ソングを歌うZack de la Rochaにとって、そのメッセージを聞いてくれる器のないことは彼の創作意欲に大幅に影響するのではないかと、ファンとして大きな不安を感じた。

結局2004年に入ると、彼に関する情報はマイナスなものしか届かなくなってしまった。3月・5月・7月と、全く確証のない発売延期を2ヵ月毎に繰り返す状態が続いている。また5月には、これまでソロアルバムの共同作業を噂されていたTrent Reznorが、NIN公式サイトにて「Zack」と思われるイニシャル「Z」との仕事は消滅したと明かし、世界中のRage against the machine関連のファンBBSに混乱を引き起こすことになった。そして同5月に、さらに追い討ちをかけるかのごとく、DJ Shadowも自身の公式サイトで、Zack de la Rochaがアルバム制作の現場に全く顔を出しておらず、彼が何をしているのか知る人は誰もいないという、諦めの入った発言を漏らした。
また5月末には、fast4educationと呼ばれる教師達のシンポジウムで、Zack de la Rochaがスピーチを披露するのではないかという噂が流れたが、結局当日のシンポジウムに彼は顔を出さず、代わりに手紙のみが送られてきたようであった。

現在(2004年7月)のところ、残念ながら彼のソロアルバム発売の目途は一向に立っていない状況だ。DJ Shadowの発言によると、アルバムの根本部分は2人で制作し、残りの部分はZack de la Rochaが「他のプロデューサー」と仕上げてしまう予定だったという。しかし驚くべき事に、その根本部分を制作するセッションにすらZack de la Rochaは一度も現れていないと言うのだ。また、その「他のプロデューサー」に、これまでに共同作業を噂されたTrent Reznor、ROOTSのquestlove、GORILLAZのDan the Automator、Cypress HillのDJ Muggs、そしてBeastie Boysのうち、いったい誰が含まれているのかは不明である。DJ Shadowのコメントを元にすると、アルバムは発売するどころか全く着手されていない状況なのではないかという絶望的な状況も予想せずにはいられない。
いったいRage against the machineという極上のバンドを、わざわざ脱退してまで彼がやりたかったことというのは何なのであろうか。脱退後、数々のミュージシャンへの節操のない接近が伝えられている彼だが、そもそも彼自身に明確な音楽的・政治的目標があったからこそ脱退を決意したわけではなかったのだろうか。そういう意味でも、サポートに頼ることなく、まずはZack de la Rocha自身の音楽で堂々とソロ・デビューを飾ってもらいたい。Rage against the machineのファンが、Zack de la Rochaの解散がプラスな出来事だったと思えるようになる日を心から期待したいものだ。

(2004年07月17日)
Zack de la Rocha (ザック・デ・ラ・ロッチャ)
バンド名「Rage Against The Machine」の名付け親であり、RATMのメッセージ性の中心を握っていたのがこのZack De La Rocha(Vo.)である。ゆえに彼の脱退は必然的にRage Against The Machineの解散を引き起こすものになってしまった。ヒスパニックの家に生まれ、人種的な差別や孤立を強いられて育ったというバックグラウンドを持ち、メキシコの貧民地区在住民や無実と考えられている黒人死刑囚の解放など「アメリカの正義」の矛盾を訴えるメッセージを一貫して放ち続けている。9.11事件後のアメリカでのラジオ放送自粛曲にRage Against The Machineのみ全曲がリストアップされ、もはや国賊扱いの状態となっていたが、それだけZack De La Rochaのリリックが社会に対して攻撃力があったという証拠なのだろう。
音楽的なRage Against The Machineへの貢献度に関してだが、実はドラムやギターも演奏できるようで、そのせいもあってか楽器と一体化したリズム感抜群の高速MCはヘヴィロック界のラッパーの中では図抜けている。Zack De La Rocha本人曰くリリックのみならずソングライティングにも積極的に参加していたとのことだが、どの程度の貢献度があったかは不明であり、その実力は発売が期待されているソロアルバムでぜひ証明してほしいものだ。ただ「Renegades」収録曲から判断する限り、Rage Against The Machineの音楽の3大要素「ファンク」「ヘヴィメタル」「パンク」のうち、ファンクとパンクの要素はZack De La Rochaが持ち込んだものと言って良さそうだ。

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